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コミュニケーションは緊張と忍耐を要求する

Posted by Masayuki Hayashi

  • 2014/06/17 12:30

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取引先とのコミュニケーション、社内の仲間の間や上司とのコミュニケーション、家族とのコミュニケーション。。。

だいたいひとの愚痴や不満はコミュニケーションに起因しているものが多いように思います。それだけ、コミュニケーションというのは、人間にとって重要で、むずかしいものなのでしょう。

「なんで理解してくれないのだろう?」とか。

「相手の言っている事がどうにも理解できない」とか。

ひとはそれぞれ異なる考え方や背景をもっているので、自分の考えを伝え、ひとの考えを理解するためのコミュニケーションにはある種の緊張が必要とされます。

どうやったら自分の考えが伝わるか、どう考えたら、相手の考えを理解できるかを慎重に真剣に考え、表情やニュアンスも工夫しながら、言葉を交わすというのがコミュニケーションにおける基本姿勢だと思います。

記憶が曖昧ですが、確か村上龍は、「伝わらないかも知れない」と考えることがコミュニケーションにおいて重要だというような事を言っていました。これも同じような事を言っているのだと思います。

だから、自分の考える「正しい事」をただ主張するだけでは、コミュニケーションは成立しません。

「自分が間違っているかもしれない」

「自分とは違う考え方があるかもしれない」

「相手の事情を考えるとこの考えは受け入れがたいかもしれない」

「この言い方では本音を話してくれないかもしれない」

コミュニケーションとは、自分を疑うこと、相手の考えや気持ちに思いを馳せることから始まるのだと思います。

逆に、「なぜ言っていることが理解できないのか」とか「正しいことを言っているのだから、相手はそれを受け入れるべき」という態度は、怠惰でしかないのかもしれません。

コミュニケーションとは、緊張をともない、忍耐を要求する、とても大変な作業なのです。

にも関わらず、社会で生きる上ではコミュニケーションはなくてはならないものです。仕事でも家庭でも、コミュニケーションなしに社会生活を行うことは不可能です。

難易度が高いのに必要なのですから、愚痴の主な原因になるのも当然です。程度の差こそあれ、全てのひとが、きっとコミュニケーションに何かしらの問題や悩みを抱えているのではないかと思います。

また一般的に、家族や職場の仲間など、身近な人との間には、コミュニケーションに起因する問題が多く発生します。その原因は、きっと「甘え」です。

「家族だから、分かってくれるだろう」

「上司だから、この位察してくれるだろう」

「部下だから、自分の意見を受け入れるだろう」

日々顔をあわせるような身近なひとを相手にする時になればなるほど、こうした甘えから、コミュニケーションが雑になりがちです。ボク自身も思い当たることは正直多いですが。

でも現実には、むしろ身近で自分の生活に深く関わるひととのコミュニケーションほど、より緊張感をもって、忍耐強くならなくてはならないと考えた方が良いかもしれません。身近なひととのコミュニケーションの失敗は、逃れようのない、大きなストレスになって、自分に返ってきます。

こうした事を理解して、前向きに、でも緊張感を持ってコミュニケーションに臨むことで、生活がより楽しく、幸せなものになるのではないでしょうか。

コムニコでは、社内のコミュニケーションを促すよう、いろいろと制度や仕組みを用意していますが、今後もよりよいアイデアを考えていきたいと思います。

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